2017年9月10日日曜日

生目古墳群

生目古墳群は宮崎市市街地の西方の跡江の丘陵に分布しています。


国の史跡指定遺跡群(昭和十八年九月八日指定)で、古墳の保存活用を図るため環境整備事業がすすめられ、そのための周辺調査の結果、弥生時代の住居跡群や周溝墓をはじめ、環濠の一部も確認されました。地下式横穴もはじめて発掘されるなど、生目古墳群の重要性が高まっています。
前方後円墳八基、円墳四十二基の合計五十基があり、なかでも全長一00米を越す前方後円墳三基がいずれも前期古墳の可能性がわかり、前期古墳としては九州でも最大級の前方後円墳になるからです。

全長一三七米の一号墳は、大和の大王陵としては最古の箸墓古墳に類似し、その二分の一の大きさに築造された可能性があります。
当古墳群最大の全長一四三米の三号古墳は、西都原古墳の女狭穂塚につぐ大きさで、馬蹄型の周溝と周堤をもち、前方部二段、後円部三段で構成され、墳丘斜面には葺石が施されています。
二十二号古墳は全長一0一米で、三号墳と同じく前方部二段、後円部三段で構成されていた。

三段に築かれた後円部の一番上の部分が、前期古墳との特徴とされる円壇上に造られているなど、古墳造営時期を示す特徴が見られ、古墳時代前期のかなり早い時期に築造された生目古墳は、宮崎平野を統治した日向最強の首長墓ということになります。

また、公園入り口の麓に宮崎市埋蔵文化財センターがあり、現在は生目の杜遊古館として生目古墳群や市内の遺跡から発掘調査された土器などの出土遺物が展示してあります。








一号墳 下から墳頂付近






一号墳 墳頂から北方向






生目の杜遊古館 遠景






生目古墳群史跡公園案内図






復元された五号墳







公園内展望台から南方向






古墳群麓東側 跡江地区から
古墳の築造当初は木々も生えておらず麓からその偉容が見上げられたと考えられています






また、公園内に跡江八十八ヶ所霊場があります













参考:
みやざき文庫64 大淀川 流域の歴史 第一巻 原始・古代から中世へ / 甲斐亮典 編著
宮崎市教育委員会(編)「活き! 行き! 生目古墳群Vol.2: 国指定史跡生目古墳群 ガイドブック」パンフレット