祭神:正哉吾勝々速日天忍穂耳命 まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと
:天照皇大神 あまてらすすめおおみかみ
:大己貴命 おおなむちのみこと
鎮座地:宮崎県宮崎市大字吉野一〇八番地
例祭日:十一月十三 日
境内坪数:九畝五分
創立年月日:不詳
由緒沿革:
大字吉野字宮元に鎮座せる村社で祭神は天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)を正祀とし、天照大神(あまてらすおおかみ)を配祀としてある。
其の創立の如き、或いは天正四年(一五七六)十一月とし或いは年月不詳として記録定まらざる所であるが、伊豆の国の浪人川越数馬重爲(かわごえかづましげため)という者、伊東氏に旧縁あるを以って日州那珂郡に来たり、やがて諸県郡吉野村の地頭となった。
斯くて以前信仰した北山大明神の御分霊を伊豆の国より奉還し、之れを此の吉野村に奉祀し後ち若宮大明神と称して一村の鎮守としたのである。
正保三年九月十三日(一六四六)川越十郎右衛門重堯(かわごえじゅうろうえもんしげたか)、神職宮永石見守(みやながいわみのかみ)等社殿を改築し、
享保元年(一七一六)十一月十三日には願主川越清之亟(かわごえせいのじょう)・川越利助(かわごえりすけ)等、
元文四年(一七三九)四月六日祭主田部朝臣(たなべあそん)・宮永石見守(みやながいわみのかみ)、また改築のことあり、
それより天明八年(一七八八)九月十三日には祭主宮永伊豫守(みやながいよのかみ)・鑰取り・緒方外記(おがたげき)、
慶応二年(一八六六)十一月には宮永伊豫守(みやながいよのかみ)・願主吉野村組頭利三郎(りさぶろう)等の名を以っていずれも社殿を改築した。
社殿は明治三十九年(一九〇六)若宮神社境内末社(旧字宮元)に勧請し八坂神社・菅原神社・大将軍神社・大土神社が合祀されている。
その後、昭和二十九年(一九五四)十二月に改築したが永い年月の風雨による破損の為、平成二十六年(二〇一四)に新たに造営となった。
境内末社 八坂神社・菅原神社・大将軍神社・大土神社
境内 水神様
参考:宮崎県神社誌[宮崎県神社庁編]
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